2013年1月21日月曜日

神戸 相撲 さいごの遊び

神戸では ひさびさに会ったともだちと たくさん話ができた

2009年の別府で出会って 一時期 おなじときをすごして 得たもの
それをそれぞれ 放ち続けて
まったく ばらばらの 性質のひとたちなのに やっぱり共通もしていて
その 違いと 同じに 勇気を得る感覚

みずちゃんの展示も この数年のまとめを表していて
わたしも きちんと だしきりたいと 思う

東京にもどってからは 相撲をみにいった
2日間連続で

朝から国技館で はなしたり あそんだり 呑んだりして
相撲をみる贅沢

ひとと会って はなす 知る 時間

なんもかも ばらばらで ふだんは それぞれ ひとりひとりでやっていくことは
もう 前提で でも それでも ひとと会うこと はなすことの意味

さんざ遊んで 夜 帰ると さっこから交換日記がまわってきていた
(みずちゃんとさっこで 交換日記をまわしている それぞれが違う場所で
思うこと 今 を 書いて まわしている この タイムラグがたまらなく良い)

さっこが 香川で 「すき」 という展示をしている

わたしもその たった二言の言葉に つよく共感する
あたりまえの ありふれた言葉で 日常のレベルでうっかり言ってしまうと
なんだか軽いものにもなってしまう その言葉の
でもやっぱり 本質は 「すき」 なんだ と思う

生きていて いろいろなひとに出会う 知る
その全員の生き方を 人生を まるごと面倒見ることも 解決することもできないけれど
だから しない ということはできなくて やっぱり
一度でも あ 出会ったな この人と と思う瞬間のある人
一生 もちつづけて しりつづけたい
で やっぱり すき ということを 表明したいのだと思う
それも 日常のレベルの言葉としてではなく
ものすごい時間と空間と一瞬の中で 表明したいです

それが 展示をする ということかもしれん
すき を表明する 軌道を 時間を その時期つくりあげる
そのための 毎日の ひとりきりの 作業
解決とか はげましとかでもなくて
とにかく肯定して とにかく その中心に 愛があるのだとおもうけれど オノヨーコもそう言っていたけれど
言葉ではどうも わたしは上手くいかないし ちがうかんじになっちゃうから
それを
極限までほりさげて 簡単にしないで ゆっくり むつかしく じっくりやって
一気に 放出

そういう確認が 人と会うこと ゆさぶられること ものをみること の中でできる
だから今日から また 絵が描ける

だりゃ

地をあぶる あぶっているんだそうだ
海近し



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